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■副題:「薩長同盟!」
■年代:1865年5月?~1866年1月?  美和=24歳 伊之助=38歳 高杉=28歳



山梨の行商人は遂に長崎で亀山社中を立ち上げた。一方、朝市は死のノートを巡り、輪島塗職人と頭脳戦を繰り広げていた。
村岡弟は蓮様に愛の告白をするが、大地震は起こらなかった。


・・・と、「花子とアン」役者をやたら見掛けた週でしたが、下らないネタは置いといて今週も感想行ってみよー。
いろいろ語りたくて、今回はイラストの数が通常の2倍!




ただでさえ、この時期はゴタゴタしてるのに、伊之助の太宰府行き~薩長同盟締結を1回で終わらせるというダイジェストっぷり。
しかもそのダイジェストもほとんど要らない奥御殿の話ばっかり・・・
すいません、美和のシーン全部要らないんで、長州から見た薩長同盟をしっかり描いて下さい・・・。

そんなこんなで今回の史実トークはどうまとめるか難しいところですが、とりあえず伊之助中心の年表で流れを確認してみましょう。
()はドラマで出なかった出来事。超重要事項は太字にしておきましたw

現状は
長州→幕府に謝罪したが、政権交代して幕府に対決姿勢を強める。
     表向き従いつつ、裏では軍備を整える「武備恭順」。
幕府→長州が謝罪したので撤兵したが、まだ反省の態度が無いので再び出兵するための勅許が欲しい。


【慶応1(1865)年】

3月◆干城隊結成

5月◆伊之助、太宰府出張、五卿や龍馬と会う

閏5月◆桂、龍馬らと下関で会談
     (武市半平太、切腹)
     西郷、下関に立ち寄らず京へ
     (将軍家茂、入京)
     椋梨、刑死

(6月◆伊之助、徳山出張)

(7月◆伊之助、岡山出張)

8月◆(伊之助、広島出張)
    (伊之助、家業の儒者を免じられ、武士(大組士)に)
    百合之助、病死

9月◆(外国の連合艦隊、兵庫沖に現れる)
    長州再征の勅許が下りる
    文、「美和」と改名し銀姫の奥女中に
    (藩命により、桂は「木戸貫治」、高杉は「谷潜蔵」と改名)

(10月◆伊之助、三田尻で龍馬と再会、山口に連れていく
     修好通商条約の勅許が下りる
     伊之助、広島に滞留)

(11月◆軍艦ユニオン号(乙丑丸)、下関に来る
     伊之助、一時山口に帰国し再び広島へ
     幕府の長州詰問使、広島に到着、同行した赤根が釈放される
     国泰寺で2度に渡り幕府から長州へ詰問)

(12月◆赤根、藩に自首し捕えられる)


【慶応2(1866)年】

1月◆(近藤長次郎、切腹)
    薩長同盟締結
    (寺田屋事件)
    (赤根、刑死)



慶応元年の後半はしょられすぎだろ・・・
ドラマだと伊之助は暇そうでしたが、実際は外交官として色々出張したり、功績が認められて武士になったりしています。
奥でのん気に美和様のご意見を拝聴している暇などありません。椋梨の処刑を決める立場にもありません。
相変わらず、伊之助を持ち上げる割に史実をないがしろにするドラマですね・・・


以前も書いた通り、文が奥に上るのは9月25日、初めから銀姫付きの女中です。
花燃ゆ展の図録によれば、銀姫の「御次女中」になったのは確実。「傅役(もりやく)」に就いたという確実な史料は無いが、興丸の世話をしていた事は史料からうかがえる・・・そうな。

それにしても、なんでこの人は偉そうに若殿と藩士の会話に同席してるんですか?なんでいつも興丸様を抱いてるんですか?
なんでいつも私情でごちゃごちゃ口を挟むんですか?
あと、奥でも杉家でもロボットのように「ショウジョガッコウヲ・・・」と唱えているのが気味悪いんですが・・・
それ聞くと興丸が寝ちゃうって、それつまんないからじゃ(げふげふん)




薩長同盟の発端がいつなのか正確には分かりませんが、少なくとも、高杉の決起前の元治元年(1864)の12月には、薩摩・長州・福岡・五卿従者の土佐・久留米の志士らが会談しています。
前回触れましたが、慶応元年(1865)の2月にも薩長土志士らが会談しています。ちなみに赤根はどちらの会合にも出席しています。

福岡(筑前)は五卿の移転もあって、薩長和解に向け当初から関わっていましたが、藩内で勤皇派の弾圧(乙丑の獄)があり、志士が処刑や投獄されてしまい、脱落・・・
薩長以外の第三者は、五卿従者や龍馬ら土佐浪士だけになってしまった・・・
薩長同盟は龍馬の手柄にされがちですが、締結の1年以上前から大勢の志士たちが動いているんです!誰か1人の功績ではないんです・・・!
しかし、五卿の太宰府移転って薩長同盟にとって結構重要な事柄だと思うんですが、ドラマだとあんま触れられませんね・・・




伊之助の太宰府行きについてもちっと詳しく。

実際は伊之助は長府藩士の時田少輔と一緒に行っています。長州藩士の政治活動は憚られるので、「塩間鉄蔵」と再び変名しています。
どうもこの時田という人物は資料が見つからなくて謎の人物なんですが、2人ともこの時の事を明治になって語ってるので、ちょっと要約。

【時田談】
・五卿に会って宿に帰っていると、龍馬が突然訪ねてきた。薩長提携の話をされ、こちらも同意。
・その後、薩摩の大山格之助から突然手紙が来て、一酒亭で面会。近日馬関まで行くから、その時は
 よろしく斡旋してくれとの事。
 こちらも薩長の連合について藩要路に話す事を約束し、別れる。

【伊之助談】
・太宰府に行く途中に大山格之助に会い、薩長和解の話をされたが、既にその論はあったので同意。
 京都に向かう大山に、京都情勢の報知を頼む。
・黒岩直方(五卿従者・土佐浪士)の紹介で、龍馬が宿に来た。馬関で木戸に会いたいという。
 薩長の連合については、木戸も必要だと言っていたので、手紙を書き、木戸も龍馬との面会を了承。

なんか大山に会った時期が微妙に違いますが、こんな感じ。
つーか、水面下ではフツーに薩長藩士が会ってるんですよね・・・
ドラマだとこの下関での会談に伊之助が同席していましたが、実際に同席していた土方楠左衛門の日記には伊之助の名は出ていません。
約半年後の10月、伊之助は三田尻で龍馬と再会し、山口に連れて行きます。「紀行」で紹介された木戸宛ての手紙はこの時のもの。

あと、ドラマだと百合之助の死と西郷の下関会談すっぽかしが同時期の様に描かれてましたが、実際は年表の通り、全然違いますw
伊之助があの場にいたという記録も見た事がありません。
つーか、中岡と土方はどこ行ったんだー!?・・・いや、出ない方が良かったのかもしれん・・・(笑)
なんか脚本がひどすぎて、「仁先せ・・・伊之助と龍馬ご対面!」という実感が薄いなあ・・・



ところで、大宰府で五卿に会った時、伊之助は野山獄で詠んだ和歌集を披露し、獄中での苦労話を語っています。
感動した三条実美は伊之助に和歌を贈っています。こういう風流ネタもドラマで見たかったなぁ・・・






さて、薩摩と長州が急接近する中、長州に接近しようとするもう1つの一団がありました。
幕府詰問使に同行した、新選組の近藤勇ら一行です。
遺書めいた手紙を残して近藤は広島まで来ますが、何度アタックしても長州入国の許可は下りず・・・
うーん、長州に来てたら面白かったのになぁ。この時期、伊之助も広島にいますが接触は無し。

近藤の長州入りは叶いませんでしたが、詰問使に同行して長州入りした人物が・・・
ドラマで存在をフェードアウトされた、奇兵隊元総督・赤根武人。
彼は京都に行き幕府に捕まってしまいましたが、戦争回避の役目のため広島で釈放されました。
一緒に久留米浪士の淵上郁太郎もいますが、ややこしいのでカッツ・アイ。
長州に戻ってきた赤根ですが、戦(や)る気マンマンの長州はもはやどうこうできる状態では無かった。
赤根は養父に自刃を勧められますが、「至誠」を貫くため自首。
しかし、裁判の行われないまま、処刑されてしまうのでした・・・・・・

このドラマは初期からちょくちょく赤根が出てたくせに、一番有名な最期には触れず。長井雅楽もそうでしたね。
赤根も関わった薩長同盟締結と日が近いので、対比させたらイイ感じなのに・・・。
維新の光と影を描く気は無いんですかね。(椋梨は触れましたが。)美和の創作話には金と労力を注いでるのにね。
そーいえば、薩長同盟締結の際に品川も木戸に同行してますが、まったく触れられませんでした。
「村塾メン!」って何だったんでしょうね。惨憺たるありさまですね。


ところで以前、伊之助が長崎に行ってる時に勝海舟に会ったのか??という話をしましたが、
某歴史の先生が維新史料についてツイートしており、それによると海舟に会っていた事が判明!
近デジで原本を確認したら、確かに記載あり。
伊之助の長崎での記録には、海舟(麟太郎)の名はあるが、内容が難しくて詳細は分からずw
海舟日誌には伊之助の名はないが、長州藩士と会った事が記載あり。
うわー、仁先せ・・・伊之助と海舟のツーショットもドラマで見たかったなぁ。ちょっと朝ドラのついでに来てもらって・・・(笑)



以下、らくがき。




薩長仲人・土佐トリオ!中岡がめっちゃ動いてるんですよ・・・


ポ●モン風。9月下旬にみんな改名しています。
桂が木戸になったのは有名だけど、高杉が「谷潜蔵」になったのはあんま出てこないよね。
つーか、「潜蔵」って凄い名前だな・・・



※イラストの歴史人物は、宮本のオリジナルイメージを使用しており、役者とは関係ありません。
※一部、歴史人物名や用語は、宮本が使い慣れたものを使用しています。
※文中の暦・年齢表記は原則として旧暦・数え年です。
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